検索vs足2007年08月18日 19:42

マーブルマッドネスの大会の帰りにゲーマーの方々に教えてもらったゲームバーに先日、飲みに行きました。
16shots”と言う名前で、メニューはファミコンの取扱説明書のパロディ。店内には所狭しとゲーム関連のグッズが並び、家庭用ゲーム機はプレイ可能。楽しい空間です。

いやさ、そのバーの話が主軸ではなく、止まり木で展開されていたお隣さんの話題に激しく同意してしまったというのが、このエントリーのテーマ。

要約すればこういう話です。「マニアが足で集めた情報を検索でたどり着いて読んだだけで、美味しいところを持っていかれるのが釈然としない」と。
酒の勢いでうっかり話の輪に入りたくなるほど同意してしまいました。

ネットに何かを公表する時点で、その内容は閲覧されることが目的なのだから見られてナンボ。むしろ閲覧数が多いほうが、お役に立ててよかったねって、話です。そこには異論ないです。

最近mixiのコミュニティ画像で自分のブログから転用されたものを見つけました。無断転用、正直気持ちいいもんじゃ、ありません。

ちょっと話は飛ぶのですが、昔『ドラえ本』の中で79年に超合金ドラえもんに付属していたひみつ道具の消しゴムコレクションを公開しました。個人の力では限界を感じていたのもありましたし、ひとつの経過として発表しておけば、更なる情報が上乗せされる機会も期待できます。

幸い、他の藤子ファンから補足情報をいただくこともありました。自分の情報に上乗せされてお互いに前進できること、嬉しかったです。
しかし、その逆も体験しました。同じくコレクターが未確認のラインナップを指摘してくださったので、その内容を教えてくださいと注文したところ「教えるのはいやだ」と。足りないとだけ指摘して、それ以上は言いたくないとのこと。

マニア等々の研究家レベルの人種になると、情報の価値を理解しているのは頷けます。
しかし、なんでしょう。先にパンツを脱いで負けたようなこの敗北感は……。

学生時代は自分にも心当たりがあります。一般販売されたプロの仕事に対してミスを見つけマニアである自分が上であるかのような満足感に酔うこともありました。今思えば、なんと恥ずかしいことか。プロが考えていないとでも思っている高飛車ぶり。

クリエイターは敬意を払れるのに、史料編纂やデータ製作者はたいがい報われない。ミスをあげつらわれ、そのデータを何の不思議もなく無断使用され、上塗りデータを作ることがあっても、原本データの製作者が感謝されるケースは少ない。

理由は分からないでもないのです。データはそれぞれの原本にあたれば、そこにもあるのだから。

そこで先の台詞をリフレインしたいところです。
「マニアが足で集めた情報を検索でたどり着いて読んだだけで、美味しいところを持っていかれるのが釈然としない」
その感覚は何なのか。情報をセレクトしてひとつの場所にキャッシュした労力をした人か、しない人かと言うことでしょう。

「わからないことがあったらググれ」と言うフレーズが近年、当たり前に言われます。少なくとも、自分から検索をするという労力をしただけ、しない人よりはマシでしょう。
でも、検索したら情報の生に触った人と同等かといえば、そこには大きな差があります。その部分を理解しないで得た情報を自分のものとしてしまう怖さ。まだまだ不服を唱える人は少ないようですが、自分も大いに同意してしまうのです。

ネットが土足で人の頭を踏む感覚があるのは、自分の被害妄想だけのイメージだとは思いません。
情報の価値を理解した上で相互を同等に扱ってくれるならばもっと紹介したい内容もあるのに、躊躇する部分が正直言ってあります。どうせ発表するなら商業ベースがいいや、と。

自分の心が狭く、ユーザーイメージが悲観的すぎるのか。どうなんでしょう。オカシイのは自分なんでしょうか。
本当ならばもっとフレンドリーに楽しめたほうが良いに決まってる。

なるべく素直になりたいと思う偏屈爺のごちエントリーでした。