映画『シチリア!シチリア!』の感想 Viva! BAARIA ※ネタバレ2010年12月25日 23:25

G・トルナトーレ監督サイン入りポスター(シネスイッチ銀座)
G・トルナトーレが故郷シチリアを舞台に一大抒情詩のような作品を! そう聞いたらファンが期待を抱かないはずがありません。多くのファンを生み出した『ニュー・シネマ・パラダイス』以来、常に出世作と比較されながら、しち面倒くさい評論を受けてきた監督。あれだけドロドロとした人間の奥底の心理を描きながらも「愛の巨匠」ときれいなイメージで見られ続けている作家も珍しい存在です。いやさ、もうファンは気づいているのに、いつまでも“売りの冠”を乗っけられているだけなのかもしれませんが……。

今回の作品は故郷シチリアの実在の町「バゲリア」を舞台とした家族三世代を主人公として描く作品。80年の時空を飛び越えて描く。その土地に暮らしたファミリーを描くという意味ではタイトルどおり、土地の歴史を描く。
原題の「BAARIA」はバゲリアの現地住人が自分たちの町を呼ぶ俗称。

※※基本的にこのエントリーはネタバレ前提です。※※

冒頭の飛翔から挽きつけられます。昔に比べてやりたいことがやれるようになったように感じます。インスピレーションに支えられた映画という印象です。冒頭の、地面に吐いたつばが乾くまでの間におつかいを済ませるという“賭け”。どこまでも、早く早く走っていきたいという向上心をファンタジックに描いた導入は、家族のドラマを貫くコマの芯のような“タネ”です。冒頭の飛翔といい、ラストに繋がる時空の超越はまさによく出来た伏線だと感じます。

山の突端に突き出た三つの岩。三つの岩に一投で小石をすべてに当てることが出来れば、隠された財宝が手に入ると語られる一つの伝説。 小石の示唆するところ、今作のキモは何といってもこれでしょう。

主人公は学生時代政治活動に傾倒していたというG・トルナトーレの分身であるのは言うまでもありませんが、その彼こそが真ん中の岩で、親から受け継いだものをバトンし、そして子供に伝えていくという主題の描き出し方。

マフィアとの戦いで被害をこうむる父親、そして自分たちを取り巻く社会を少しでも良くしていこうと考えて政治家となり、奮闘するがなかなか成功するには難しい。老いた親父は「政治はいいね」とつぶやきながら死んでいく。 また、守るべきものが「家族」だということをささやかな幸せを重ねて描写。監督の私生活がこの年月をへて、現在どんな状態にあるのか興味を抱かせる視点の比重の変貌で、昔のマザコン的描写に比べて母よりも妻に対しての視線が重くなったように感じました。
そんな妻が暑がる子供たちのために、床を水でぬらし一緒に涼む場面はもっとも「貧しくても幸せな家族の肖像」として印象的です。

最初は穢れなき志も年齢と共に、決して綺麗とはいなくなり、やがて来る老いと戦いながらも夢を追い続け、やがて親を見て育った息子が自分と同じ道へと進むことを決心。土地を離れるところで物語は幕を閉じますが、その直後イメージシーンとして伝説の岩への挑戦が達成されます。

親とペッピーノと息子の三代に渡った夢への橋渡しが果たされることこそが三枚岩へのノックであり、その意思のバトンがあったからこそ、土地に眠る宝を手に入れることが出来たと暗示するラスト。 だからこそ以降に展開されるミステリアスな時空の旅は、父のお使いから始まります。走る父と少年期の主人公がすれ違い、そして親になった主人公が子供との心残りを回収していくという不思議な展開。そしてまた父の代に話が戻り、コマへの「もっと早く回るように」とおまじないに使ったハエが、絶対に不可能と思われる中から奇跡の生還。

コマにかけられた「もっと早く」少年の「飛ぶように早く」走るという向上心は、息子の主人公の芯にも息づき、更に息子へとバトンされている。時空を越えたあのラストに、何とも言葉に出来ない映画的興奮を覚えた自分は、この監督のファンでよかったと心から思える作品でした。

「シチリア!シチリア!」公式hp:http://sicilia-sicilia.jp/



[2011/06/07公開]