手描き映画看板の火が消える ~上野東急の閉館2012年04月30日 23:47

上野東急 閉館のお知らせ
家への帰り道の途中、見慣れた風景がポッカリ、白くあいていました。
いつも通るたびに楽しみにしていた映画館の看板がない……。閉館のお知らせが大きく出ていました。

上野東急の開館が1957年とは、今回初めて知りました。
自分の中でのこの館の一番想い出は1982年の「E.T.」上映中の姿なのだけど、もう一つのスクリーンでかかっていたのが「食人族」という、なんともすごい並び。入り口にはあの串に人が刺さっているポップが飾られていて、「E.T.」の隣はなんと恐ろしい映画をやっているのだろうと思っていました。でも、グロテスク、残酷さに何か興味を惹かれるというアンバランスな景色。以降、30年間、時々このネタを話してました。大きくなるにつれて、イタリア映画のその手のジャンルだということも知ることになるのですが……。

ここ10数年のシネコンの波以降、手描きの映画看板が消えていく中、この劇場は昨日まで手で描かれた看板を毎回掲げていて、その存在感に通るたび見上げて仕事を鑑賞してました。

ほんの数時間前まで、その景色はあったはずなのです。ところが、閉館のお知らせになって、初めてその事実に気づきました。
事前に知っていたら、もっと利用しお別れ鑑賞にも来たかったのに…。

いや、その最後だけ来て惜しむなんてのは、むしろ嫌な行為ですが、ずっと楽しませてもらっていた、そのお礼的な意味でも訪問したかったです。

ふと考えてみると、看板は楽しんでいたものの映画館として利用した記憶はかなり前が最後で、いったい何が最後の映画だったのか思い出せません。以下に列挙する看板の写真は、サッチャー以外全て鑑賞していますが、申し訳ないことに上野東急での鑑賞ではありません。ポイントや時間帯、いろいろな理由で来なかったのです。漠然と新しい映画館の方が上映設備が良いなどの理由で、選択肢から(無意識に)はずしがちだったようにも思えます。

そうやって足を遠のかせておいて、今更、惜しむのも身勝手です。よく分かっています。ですが、そんな身勝手を恥ながらも正直に看板を楽しんでいたという特殊な立場で惜しみ、その役目へのお礼を言いたいと思います。
今までお疲れ様でした。
マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙(上野東急)
シャーロック・ホームズ シャドウ・ゲーム(上野東急)
ミッション:インポッシブル ゴースト・プロトコル(上野東急)
リアルスティール(上野東急)
スーパー8(上野東急)
ハリーポッターと死の秘宝 PART2(上野東急)
ソルト(上野東急)
魔法使いの弟子(上野東急)
トイストーリー3(上野東急)

映画『ランゴ』! ~惚れるビジュアル2011年11月13日 23:59

映画「ランゴ」鑑賞。ニコロデオン製作だから、期待しつつも、もっとファミリー映画らしい甘さも含んだ作品を予想してたのにズバーッと飛び越えてたよ。素晴らしい! カルト映画になりえる驚きのクオリティ。シビれた! 画に惚れるよ。脚本は王道で分かり切った線なんだけど、きちんと驚きを見せる事実が隠されている。何しろ、画と音楽が良すぎる。誰向けだよ、この映画!

ILMの一部だったピクサーがライバルとなり元親会社が出てきた感じも、歴史的に面白い流れ。実写を撮ってきたゴア・ヴァービンスキー監督がアニメに来て、アニメ監督だったB.バードが実写に行ってる感じも予告を観ながら、何かくすぐられた。

ランゴのパンフ読んで納得した部分も結構ありました。なるほど、企画の立ち上げからして、自分の好きなものオンパレードだ。テックス・アベリーやラセターの遊び心で往年名作西部劇からインスピレーション、って企画勝ち。しかもその席にデビッド・シャノンも居たのか。
いくつかのギャグのる^-つがアベリーのアレだとか思い当たるだけでも、結構嬉しい。

うー、頭で鳴り止まないマカロニ・ウエスタン調のサウンド。ランゴのサントラ、欲しい~。もっとあの映像にも浸りたい。

映画『127時間』観て来たよ2011年07月01日 23:42

映画『127時間』/日比谷シャンテ
今日は映画の日。

映画の日に観る映画は“半券コレクター”としては、券を保存したい欲求に陥らなさそうな映画という、屈折した作品セレクトになります。

そこで考えた挙句に決めたのが『127時間』です。
評判はもちろん、背手地を聞けばそのラストは用意に想像つくものの、その過程が気になってしょうがない映画、おそらく一度観ればその欲求は満たされて満腹になれるし反面、リピーターになるとは予想し得ない作品だからです。

ぜんぜん知らない人のために軽い説明。
『127時間』とは、主人公が山で遭難している時間のこと。落石で身動きの取れない主人公がすごす127時間を描く作品なのです。

一人の人間が身動き取れない心理的名ドラマを描くにしても、映画の大半は一人の男を延々観ることになる。アクションは期待できない。何しろ動けないんだから。
ベースド・オン・トゥルー・ストーリー。監督はダニー・ボイル(「スラムドック・ミリオネヤ」)、主演はジェームズ・フランコ。

生死の境目に反芻するドラマダレもが自分の人生を見つめなおし、共感するテーマでしょう。自分もそこに尽きます。

カートゥーン・ファンとしてお得だったのは、『スクービー・ドゥー』が意外なキーパーソン(キードック?)として登場していたこと。日本名:クルッパーの彼です。怖がりの犬なのに、毎回オバケ屋敷を探検して震え上がる“弱虫毛虫のクルッパー”です。

ドラマ的には待ち合わせの目印なんですが、恐怖を描くところに“弱虫”を持ってくる仕掛けにシビれました。主題歌にも!

  上映時間94分。映像の生で激しくのどが渇きました。そして生抜くことの美しさをかみ締めました。

公式HP:http://127movie.jp/

映画『トゥルー・グリッド』『ハロルドとモード 少年は虹を渡る』2011年06月28日 23:59

映画『トゥルー・グリット』劇場ポスター
RS中に観たかったまま逃していた『トゥルー・グリッド』を二番館に追いかけて鑑賞。期待通りの映画でスクリーンで観れる期間に間に合って良かった。

スピルバーグ×コーエン兄弟、『勇気ある追跡』のリメイク、昨年アカデミー受賞で円熟かつ大活躍のジェフ・ブリッジス主演、また本作デビューにして助演女優賞ノミネートの新星ヘイリー・スタインフェルトと話題のは事欠かない作品だけど、評判抜きにしても、気に名手間した。
ストーリーは親の仇討ちを決心した14歳の少女の追跡西部劇。

賞に振り回されての評価はしたくないけれど、確かに少女を演じたの演技はヘイリー・スタインフェルドは輝いていた芯の強い、大人顔負けの駆け引きに出られるあのキャラクターをビシッときめて、気持ちのいいキャラクターだった。
主要3キャラクターは全て魅力的で、かたくなに見えて実は誇大に語りたい老保安官コグバーン(ブリッジス)も、間の悪いまっすぐなレンジャー隊員ラビーフ(マット・デイモン)も存分に“人物像”にぬくもりを感じられた。映画を観終わると、主人公のマティの想いを共有できる分、この二人との時間がとても大切な時間だったことを共有できるラストにつらさを含みつつも幸せなため息をつくことができました。

充分に幸せな時間だったのですが、そこは“二番館”。二番館の一番幸せな部分って予期できない出会いだと思う、レコメンド的なモノだと思うのですが、今回はそこでもシアワセだったのです。

映画『ハロルドとモード 少年は虹を渡る』
『ハロルドとモード 少年は虹を渡る』自殺の真似事と他人お葬式に参列すのが趣味の生きる意味を模索する19歳の少年と自由奔放、生きることを楽しんでいる79歳の老女の恋愛物語。1971年の作品。

正直、事前情報はゼロに近い状態。ただ映画ファンの優等生的な先輩が、再映で見たがっている姿があったので、それだけで“観ておきたい”と思わされた一本。

結果としては、大満足の上のフル・オブ・絶頂。

たぶん目当てで観た『トゥルー・グリッド』よりも、年数を経ても心に残り続ける一本はこっちだと思わされた。それが最短の感想。(比較でトゥルグリには申し訳ないけど。)

死の甘美な香りと個性のマイノリティーという世界は、自分にとっては身近なモノだし、死と生のコントラストを持たせた活写は見事としか言いようが無い。こういうのは見た直後に言語化して感想を記すよりも時間の熟成を待ちたい。だから多くは書かない。

二番館、バンザイ。

映画『さや侍』観てきたよ2011年06月26日 23:59

前評判の低さが凄くて、チケットショップでの前売り券のダンピングがすごいとか……。その評判の悪いところで妙に気になってしまった作品です。ほぼ、前情報を入れずまっさらな状態で劇場入場。

刀を捨てた侍が脱藩の罪で追われ、刺客に狙われたあげく藩に捕らえられる。そこでは母を亡くし笑顔が失われた藩の若君を笑わすことが出来れば無罪放免、その期限30日という「三十日の業」を殿様から科せられる。1日1芸を繰り返すが笑う兆候は現れず、日は無駄に過ぎていく。失敗すれば切腹、その日は刻一刻と迫ってくるが……。

設定や展開自体のドラマ性には惹かれるものの、前半はかなり不安な気分で鑑賞してました。何しろ、「スベリ芸」的な微妙な時間が延々続き、この調子で30ネタ見せて終わるんかい?? と暗雲立ち込める様相。

でも、さすがにそんなことはなくて、ドラマ的展開が、きちんと盛り上がる方に進んでくれるので飽きることなく、ダレることなく楽しめました。

何よりも主人公の「さや侍」の娘役である子役の演技力が素晴らしく、それだけで安定感もってドラマを引っ張っています。そもそものところ、主役の侍だけが異様に演技ではなく“素”の存在感。途中まで、ほとんど台詞を話さないので、話さない設定なのかと思ったらしゃべるシーンも出てきて、観客としてはかなり翻弄させられました。

映画を見終わってから、その辺のカラクリを調べてみたのですが、なかなか面白い試みで、よくそんな状況下でこの作品が作れたもんだという意味ではかなり驚嘆させられました。(カメラをいつ回しているか主演に伝えない、撮影はDVD用と聞かされ、主演の自覚が無い。)逆に、主演が主演たる演技を自覚していない分なのか助演の顔ぶれがの國村隼、伊武雅刀らは特に安心材料でしたし板尾創路+國村隼の組み合わせは『脱獄王』も浮かび“この映画までの流れ”が、ぼんやりつかめた分、興味深い部分もありました。

前評判の悪さに自分のハードルが低すぎたせいかもしれませんが、充分な映画に感じています。
笑える映画化といわれれば、むしろNO! で、笑いをテーマにしているものの哀愁と運命とも言うべき道化師を描いた作品に感じます。そもそものところ、自分はダウンタウンの番組はあんまり得手ではないので、若手をいじめて笑う傾向の番組は特に苦手なのです。(たとえ「愛があるじゃん!」と反論されても。)その意味では劇場でクスクスと笑いが漏れても、自分には痛々しくてなかなか笑うことが出来ませんでした。

でも、それが評価の“悪し”にはならず、むしろ“微笑み”をもらえて、充分に栄養になりました。
演出は最初、飛び道具系でいかにも尖った感じで不安を覚えたのですがドラマを進め、観客の感情を掴むまでのオーソドックスな部分はむしろ王道。ただ感情が盛り上がってくると照れてしまうのか計算なのか、はたまた、天邪鬼的サービスなのか、奇妙な演出に。でも、そこが味といえば味。個性的すぎるほど個性的。

じわじわくる可笑しさに満足できたので、自分は好意的に楽しめた作品です。
野見隆明直筆サイン

映画『スーパーエイト/SUPER 8』観てきたよ2011年06月25日 23:59

『スーパーエイト/SUPER 8』劇場ポスター
公開前の秘密主義スタイルから、何か70~80年代スピルバーグ映画とか、あの頃の作品群を思い出す作品ですが、評判に違わずという作品でした。
自分の大好きな『未知との遭遇』『E.T.』のラインを特に期待して楽しみにしていました。風の便りで聞こえていた『スタンド・バイ・ミー』風味も好きなラインです。これらに「ゾンビ」をスパイスで加えたのが“ざっとした”今回の映画の印象です。(プラス、『ジュラシック・パーク』も何度かフラッシュバックしてました。風味はいろいろ比較されども、迫力映像は現代的。)

ツイッターで見かけて感想はおおむね「スピルバーグ作品のオマージュで良かった」といった好意的なもの。自分も基本的に大差なし。

監督J・J・エイブラムスの自伝的要素もあるとのことで79年前後の世界のへのノスタルジックな描写と、そのバックグラウンドと同居していた「映画(特にスピルバーグ作品)」というものと、「映画作り」への思い入れは充分伝わってくるもので、多くの人が好意的に見るのも頷ける。 個人的には、どうしても比較に上がってしまう作品群に思い入れがある分、期待が過ぎてしまったようだし“オリジナル作品”との比較をしてしまう、分の悪さが出てしまうのも事実。「あの作品ではこうだけど、…」と比較になってしまう分、隙間産業的な窮屈さを感じてしまうのが、居心地の悪さ。
正直、自分の好みとのズレは、先に上がったタイトルとのズレで、ソレを期待するなら新作で見る必要がないというパラドックスに陥ってしまう。
この作品なりの“オリジナル”、やはり監督の思春期を投影したと思われるキャラクターたちこそ芯なのかな、と思わされました。

自分の生活環境は親が8mmカメラで家族映像を残していて、懐かしい動画は8mmフィルムに残されています。自分の小学校時代からはビデオが普及して、8mmが使われる機会はほぼ見かけなくなりましたが、自分の場合卒業制作でアニメを作るときにコマ撮りのために使ったのが最後の8mmとのふれあいでした。もはや80年代後半では絶滅寸前でしたが、それすらも20数年前の話なんだと思うと79年という時代が、本当に遠くなって“ノスタルジー”の世界と描かれる様になったのだと、驚きに似た感慨を覚えています。

戯れにでも、8mmフィルムを触りたくなりました。