萬世橋駅の遺構 ― 2006年05月08日 04:49
半可通な自分より遥かにいい記事がネットにはアップされているのでお気楽モードのエントりーはお目汚しです。
万世橋は”肉の万世”の前にかかった秋葉原の端に繋がる神田川にかかる橋。交通博物館の敷地はそもそもここにあった万世橋駅の駅舎を利用して建てられたものだそう。
甲武鉄道の駅として明治22年(1889年)開業、関東大震災で焼け落ち再建するも昭和18年(1943年)には駅は営業停止。昭和11年より併設された鉄道博物館として現在に至ったということです。
▼交通博物館のHPの解説ページ
通常展示の中でも旧駅舎構内のままの階段が見えるように展示されていたので好きな人なら当たり前の話のようです。
今回は閉館を前に普段は公開されていない遺構が公開。予約制でなかなか電話が繋がらない状態を体験して半ば諦めかけていました。ところが友人の”てっちゃん”は流石、予約を獲得。感謝!
一班20人程度のグループで時間になったら”やえもん”の前に集合。添乗員さんの案内に導かれカルガモのように列を作ってゾロゾロと人ごみをくぐっていきます。いったいどこを通るのかと思えば、通常の展示の横にある扉がヒョイと開けられいきなりそこは異空間。
いかにも古い建物の事務的な風景を抜けるとそこはヒンヤリとしたレンガやコンクリのむき出しの空間。まるで『ほたるの墓』に出てくる上野駅を思い出す自分。まずはアーチ型の支柱に挟まれたポッカリとした空間の壁に映し出される万世橋駅に関する記録映像。映像と音楽の力のせいもあって、大きな時間の流れを実感させられ感慨を深々と感じました。
そこで軽く撮影タイムがあった後、ホームへ続く階段に移動。
万世橋のホームは普通に電車からも見ることが出来ます。御茶ノ水と神田の途中、車内から眺めていると分かります。今回の遺構公開の為か駅名のプレートが新造されているようで、更に分かりやすくなっています。
今回の見学はホームを見ることが出来ると言っても外に出ることは出来ず、ガラス張りの展望台のような行き止まりの空間に上がったところが目的地です。
外には現行の中央線がビュンビュン走ってます。写真撮影は自由ですが安全運転の為に外に向かってのフラッシュ撮影は禁止。ごもっともです。
なんと言ってもこの見学コース一番の目玉は一回からホームへ登る階段の風景でしょう。駅名などのプレートは親切されているように見えますが、あえてレトロにムードを伝える効果が出ています。階段の滑り止めの金具がないのですがこれは戦時中の金具不足で剥がされたそうです。
次のグループの為に道を開ける為に約20分の見学時間が終わるとアナウンスされ、退場となります。退場間際、動向のてっちゃんはすかさず係員さんに「ここは閉館後どうなるんですか?」ともっともな質問をしていました。いいぞ!マニア! しかし帰ってきた返答は「未定です。」と言うもの。ぎゃふん。交通博物館の建物がこの後、どうなるのか気になるところです。
時間いっぱいとなったので通常展示のブースに戻ってボンヤリと空間を楽しみました。改めて窓の外を眺めるとこの建物が駅舎だったと思える景色。
たっぷり楽しんだし、博物館を出ようかどうしようかと言う段になって友人「地下鉄の万世橋駅の跡を見に行こうか。」とナイスな提案。
こちらは通気口がある場所がかろうじて昔入り口だったらしいという程度のもの。
突然、鉄道ファンの一日でした。
古いアルバムの中の”てっちゃん” ― 2006年06月08日
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萬世橋駅の遺構 ― 2006年05月08日
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コメント
_ 紅矢 ― 2006年06月06日 14:02
_ しらいしろう ― 2006年06月07日 06:00
あの後何回か通ってますが、展示品を外す作業中のようですね。建物まで壊す気配は今のところ感じませんが、はて。
オチて、いったい誰の入れ知恵なのやら。
さいたまの博物館の時も宜しくお願いします(笑)。
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どこかのブログでは、解体されるらしい…などの書き込みもあったりして。
もったいないなぁ…。
中央快速線の車両も今年の冬くらいから置き換えが始まり、来年度までには
青梅五日市線の車両も含めて一斉に取り替えが完了するらしいので、201系と
万世橋駅の画像は、もうすぐ過去帳入りになるよ〜。
最後に地下鉄万世橋駅の事もオチとして書かれて、ナイスでした。