訃報にショック、仏俳優フィリップ・ノワレさん ― 2006年11月27日 05:39
先週、ちらりとネット上で一言レスのような書き込みを見て不吉な内容に冷や汗をかいたものの、記事が無かったので誤報だと思い週末を過ごしていた。
今改めて、訃報の記事の数々を見て真実だと言うことが分かり脱力感におそわれている。
『フレンチ・コップス(1982)』のベテラン刑事で始めてスクリーンで会い、『ニューシネマパラダイス』で病的と言えるほどのファンになり旧作をビデオ、新作を劇場で追いかけた。
飄々とした人の良いキャラクターは常にハマっていて好きだった。『ぐうたらバンザイ!(1969)』の農夫はお得意のトボケたキャラクター。ブラックユーモアが後からジワジワ効いて来る映画だった。
そして、まなざしで語る重い演技には毎回圧倒された。 『追想(1976年 監督:ロベール・アンリコ)』の復讐の鬼の目は忘れられない。100本目の記念作『素顔の貴婦人/原題:人生、ただそれだけ(1988)』のラストで戦死した兵士の数を暗唱するシーンも静かな怒りに満ちている表情が印象的だった。
コメディなキャラクターからシリアスな演技まで、そのコントラストが正に魅力の人だった。
一昨年くらいにフランスの映画雑誌『STUDIOMAGAZINE』誌上の写真でやせたと思っていたけれど、年齢のせいだけでなかったとしたら切なく悲しい。
残されている未公開の作品が公開されることを望みながら、追悼したいと思う。
■訃報記事
読売新聞:おくやみ/フィリップ・ノワレ氏=仏俳優 2006年11月24日(金)
長崎新聞:P・ノワレ氏死去 ニューシネの映写技師役
産経新聞:フィリップ・ノワレ氏死去 仏の代表的な俳優
イギリスBBC:French actor Philippe Noiret dies [Friday, 24 November 2006, 00:02 GMT ]
仏LE FIGARO:Noiret, un demi-siècle de talent et d’élégance [24 novembre 2006 : 07h58]
仏Le Monde:Philippe Noiret, comédien hors carte [23.11.06 | 20h33]
伊ANSA :IL CINEMA HA PERSO IL GRANDE PHILIPPE NOIRET [2006-11-23 20:23]
アトラクション・フィルム”キスシーン”だけで泣け! ― 2006年11月11日 21:15
さておき、世では美しいラストシーンとして多くに人を涙させている『ニューシネマパラダイス』のラストシーン。一方で、あれは音楽の力だと言ってみたり、アイデア勝ちと切って捨てたがる方もおられるようです。
ファンだったら、そんな否定的な意見に真っ向勝負して素晴らしさを力説すべきなのかもしれませんが、自分も多いにその意見に賛成だったりします。
音楽の力を無視して語るのは片手落ちだと思います。これでもかと盛り上げるオーケストレーションを奏でる『愛のテーマ』にキスシーンを集めたラッシュのシンクロは、その部分を切り取っただけでも、充分にアトラクションフィルムとして成立するものだと思います。
事実、こんなの出てました。(※冒頭画像:1992年12月広告チラシ) 往年の名画からキスシーンだけを集めたキス・シーン版”ザッツ・エンターテイメント”!題して『Kiss 』。
ストーリーがなくても、コンピレーション・アルバムとして充分に商品価値を持っていると立証してしまったかのようなソフトです。
製作者のインタビューによれば『ニューシネマパラダイス』にインスパイアされて作られたフィルム。まんまな理由です。
そういえばディズニーアニメのキスシーンだけを集めた『TheDisney kiss』と言う小型の本も発行されていました。この頃、映画が作ったプチ・ブームともいえる現象が生んだほんの一部の事例です。
コロンブスの卵とも言うべき『ニュー・シネマ・パラダイス』のラストシーン。この発想はストーリーの文脈に関係なくとも人を魅了するアプローチだったとも言えそうです。
さて、ストーリーがなくても「泣ける」かチャレンジする人はいませんか?
もちろん自分はアトラクションにしてしまうよりも映画として味わう方が素晴らしいし、そちらを評価している事は言うまでもありません。
▼アマゾンで『Kiss』を探す
キスシーンのラッシュ解析を夢見て ― 2006年02月26日 04:51
いつかは全て埋めてみたいと作者である北村孝志さんはつづられていますが、日本未公開作品も含まれているためにここまで埋まっているだけでも、とんでもない仕事を仕上げていると自分は思っています。
あれから16年、いまだに自分の手で進めるところまで至らないばかりか、その名作を観た本数だってほんのわずか。まだまだ精進が足りません。
この表を進展できる情報をお持ちの方は是非トラックバックかコメントをください。追加、修正を繰り返して行きたいと思っています。
「ニュー・シネマ・パラダイス」キス・シーン登場映画一覧 | ||
番号/LDタイム | 作品名 | DVDタイム |
01-18'32" |
にがい米(RISO AMARO) |
1:58'37" |
02-18'37" | ヒズ・ガール・フライデー'39米ケーリー・グラント | 1:58'43" |
03-18'42" | ならず者'43米ジェーン・ラッセル | 1:58'47" |
04-18'46" | ??? | 1:58'52" |
05-18'50" | ロビンフッドの冒険(La Leggenda di ROBIN HOOD) |
1:58'55" |
06-19'00" |
にがい米(RISO AMARO) |
1:59'06" |
07-19'02" | 武器よさらば'57米ロック・ハドソン | 1:59'08" |
08-19'06" | 街の灯'31米チャールズ・チャップリン | 1:59'12" |
09-19'10" | シー・ホーク '40米エロール・フリン | 1:59'16" |
10-19'13" |
にがい米(RISO AMARO)1:59'18" |
|
11-19'15" | グランド・ホテル'32米ジョーン・クロフォード | 1:59'20" |
12-19'18" | シーク '23米ヴァレンティノ | 1:59'23" |
13-19'20" | 人生模様'52米マリリン・モンロー | 1:59'25" |
14-19'22" | ??? | 1:59'28" |
15-19'24" | 女はそれを我慢できない'56米ジェーン・マンスフィールド | 1:59'29" |
16-19'26" | にがい米'48伊シルヴァーナ・マンガーノ | 1:59'31" |
17-19'33" | 揺れる大地'45伊ルキノ・ヴァスコンティ監督 | 1:59'39" |
18-19'37" | 家族日誌'62伊M.マストロヤンニ | 1:59'42" |
19-19'40" | シー・ホーク | 1:59'45" |
20-19'42" | シー・ホーク | 1:59'47" |
21-19'44" | どん底'36仏ジャン・ギャパン | 1:59'50" |
22-19'48" | ??? | 1:59'54" |
23-19'50" | 女はそれを我慢できない | 1:59'56" |
24-19'52" | ??? | 1:59'58" |
25-19'53" | 炎の街'44米ジョン・ウエイン | 1:59'59" |
26-19'54" | 結婚哲学'24米アドルフ・マンジュー | 2:00'00" |
27-19'57" | ライラック・タイム'28米ゲーリ一・クーパー | 2:00'02" |
28-20'00" | フィラデルフィア物語'40米ジェームズ・スチュアート | 2:00'05" |
29-20'01" | 夏の嵐 '55伊ファーリー・クレンジャー | 2:00'06" |
30-20'03" | どん底 | 2:00'07" |
31-20'05" | The Men'50米マーロン・プランド | 2:00'09" |
32-20'07" | ??? | 2:00'11" |
33-20'08" | ローマの休日'53米グレゴリー・ベック | 2:00'13" |
34-20'09" | 白夜'57伊仏M.マストロヤンニ | 2:00'14" |
35-20'11" | 自由の魂'33米クラーク・ゲープル | 2:00'16" |
36-20'19" | 夏の嵐 | 2:00'25" |
37-20'23" | 白夜 | 2:00'29" |
38-20'26" | シーク | 2:00'31" |
39-20'28" | 仮面の報酬'49米ロバート・ミッチャム | 2:00'33" |
40-20'30" | ??? | 2:00'34" |
41-20'31" | 郵便配達は二度ベルを鳴らす'41伊ルキノ・ヴィスコンティ監督 | 2:00'36" |
42-20'47" | ??フランソワーズ・アルヌール | 2:00'52" |
43-20'48" | シー・ホ一ク | 2:00'54" |
44-20'50" | ロマンス'30米グレタ・ガルボ | 2:00'56" |
45-20'53" | ジキル博士とハイド氏'41米インクリッド・バークマント | 2:00'58" |
46-20'01 | ??? | 2:01'07" |
原本:「ニュー・シネマ・パラダイス」キス・シーン登場映画一覧by北村孝志(Visic90年12月号)
勝手に再構成 byしらいしろう
※LDタイミングは初回無印(124分)、DVDはデジタルりマスター版15周年記念版Disc1(123分)を基準としています。
そういえば『ニュー・シネマ・パラダイス』封切当時、銀座シネスイッチと同じ建物にあった銀座文化(現在のシネスイッチ2)では、それまで日本未公開だった『揺れる大地』をあわせるように公開していました。粋な計らいだったと今更ながらに感心させられる興行です。
やりようによっては『ニュー・シネマ・パラダイス』を上映しないでも、『ニュー・シネマ・パラダイスで上映されていた作品映画祭』てなイメージで特集上映も可能です。どこかでやらないですかね。
……やっぱり無理かナァ。
. ※1、『Visic』オリジナル記事では、01、=美女と野獣'45仏ジャン・マレー、05=うたかたの恋'36仏ダニエル・ダリュー、10=青春群像'53伊アルペルト・ソルディでした。 コメント欄の情報を反映して入れ替えました。06、10も追加。[2011/02/07]
私は買う予定がないCD『私の大好きなモリコーネ・ミュージック~小泉純一郎選曲チャリティ・アルバム』 ― 2006年02月04日 10:52
改めて思うにこのCDは悪趣味だな、と思う。
題して『私の大好きなモリコーネ・ミュージック~小泉純一郎選曲チャリティ・アルバム』。
これからモリコーネ作品に触れたいという人ならちょうどいい代表作を集めた印象。ただベスト版として出たCDならば何も文句を言うことはないでしょう。
最悪なのは『ニューシネマパラダイス』のパラダイス座の劇場に合成された小泉首相の顔という、ツッコミ所満載なジャケットデザイン。
これを悪趣味と言わずして何と言う。誰向けのCDなんだよ。
これまでニューシネマパラダイスがらみのCDは聴くためだけでなくコレクション対象としても買う事が多かった自分も今回ばかりは遠慮したいところです。
『映画の中の嘘』が許せない人々に ― 2006年01月22日 16:28
”映画には嘘があることは理解しているが”といいつつも
”感動すら嘘になってしまうのでは”と書いている。
興味のない人ならば意識することは少ないかもしれないけれど、少しでもフィルムや映画と言うものに憧れを抱く人種なら劇場に映写機が2台用意されるのは常識。
映画1本を1本にまとめてしまうと巻き戻しするだけでも相当な時間ロス。コンパクトに前半と後半を分け、切り替え上映をすることにより時間やメンテナンスをしやすくしてある。それらを無視し、1台の映写機で上映する『ニュー・シネマ・パラダイス』はリアリティに欠けるということらしい。
投稿は波紋を広げ、同誌7月下旬号には同じキネ旬ロビイには地方公務員・遠藤さんの反応が掲載されています。
”そんな基本的なミスをしていたなんて若い証拠ですね、でもラストの感動はミスがあっても忘れることが出来ません。”
批判のズレもさることながら援護派の恋のような盲目ぶりもなかなか味があります。
話はこれだけに終わりません。カートゥーンの知識の大御所で自分にとっては尊敬の人である森卓也さんが同号に『映画の中の嘘「ニュー・シネマ・パラダイス」の映写室の描き方について』と題し3ページにも渡る検証記事を執筆。
1台で映画を上映できる仮説を上げながら結局のところ不可能と言う話を多様な情報と共に提供しています。
”映写機問題”はこの後もアンチ&ファンの間では定番化し、ネットでの論争ではたびたび御蔵出しされるものです。
そもそもドキュメンタリー出身のトルナトーレ監督が”フィクション=嘘”を描くようになったとたん、”嘘だ!”と突き上げるのも不思議な話です。
映画の大半は追想シーンです。個人の脳裏によぎった歪んだ映像に記憶違いがあって当たり前。単なるディテール矛盾の指摘は殆ど意味がありません。嘘の機能性を論じるなら別ですが。
そして森さんはこの映画を斬り捨てる。
”少年と監督は同一人物に相違ない。本当に映画が好きなのではなく、それほど映画を好きな自分が大好きなだけだ、という意味において。”
そして同時期のいわゆる感動作品のヒットに疑問を投げかけつつ、こう締めくくっている。
”『ニュー・シネマ・パラダイス』のナルシシズムは、しかしひとごとではない。 コマをほうり投げるサルバトーレ少年と、コマを、手内職のように、ハーフサイズのスライドマウントに納めるコレクター(つまり私)との間は、実は五十歩百歩なのだ。
ナルシストは無自覚のエゴイスト。自覚なきエゴほど始末に終えぬものはないのである。”
これら批判記事すらファイリングする、コレクター・パラドックスな自分。
自分はこの腹立たしい記事をコレクターの義務感だけで保管しているわけではありません。少なくとも批判と言う立脚点は自分にはない新しい視点であるわけで、感情論は論外ですが論理的批判は自分にとっては新しい視点を持つ助けになりました。
トルナトーレ監督は自身の作品を数年休んで古いイタリア映画の保存活動に従事するなど、ファンは”お見事”と思ってしまうのですが、森さんにとってはナルシストのスタンドプレーとして片付けられてしまいそうです。
自分にとっては『刑事コロンボ/意識の下の映像』(1973)以来、パンチマークが楽しみでしょうがないアホ子供だったので、フィルムの切り替えはガキでも知ってると思っていました。まぁ、自分が通常のガキだったとは思いませんが少なくともこれらの流れが本気でやり取りされる映画雑誌が奇妙でしょうがありませんでした。だって曲がりなりにも一応キネ旬ですよ。
映写技師の話を作ろうとしたときに”ミスで映写機をひとつに描いてしまった”と言う仮説が成り立つ”作り手”の見くびりぶりは閉口でした。”なぜそう描いたのだろう”(=嘘の機能性)と、どうしてならないのでしょう。
森さんの文章の中では『ニュー・シネマ・パラダイス』の上映記念で名古屋のゴールド劇場で企画された映写室ツアーを紹介しています。希望者数人を映写室に案内し実際の作業を体験できるもので、そこでも”映写機がなぜ1台なのか”と話題に上がったらしい。でも”狭いからだろう”と笑い話で終わってしまったとある。
笑い事じゃない。
この映画は用意周到に精密機械のようにテーマが絡み合っている。 別エントリーでも既に書いているがパロッキアーレ(教会経営)時代と資本主義になってから”足りない食物をどう群集にいきわたらせるか”の違いが焦点になっている。
反射を利用して映画そのものを増やした「パンと魚の奇跡」に対してぶった切って増やした資本主義時代の対比を明らかにするためにも映画はひとつでないと焦点がぼけてしまうのです。最初から2つのものを2つにしてもそれは奇跡にはなりえません。
そして”おなかを空かした民衆の為”であるのも重要なポイントです。映画はマニアの為だけに存在しているのではありません。もっと敷居の低いものです。
劇映画に転進したトルナトーレ監督が現実をどうディフォルメしたか。映画に詳しくない人でもピンとくるディフォルメを加え、古き名画を知らなくても赤茶けたり、青くなったりするプリントで違う映画になったことを理解させ、どんなに回転の悪い人でも分かるように2館で上映するカラクリを見せています。まるでボッチャに九九を教えるシーンのように親切に。(ボッチャには伝わってないけど。)
否定派に対し援護側の反論ももはや定型化されています。”『ニュー・シネマ・パラダイス』は映画愛を描いたものではない”、大体流れは決まっています。
そんな論争をしなくても公開当時に簡潔に監督の発言があります。「人生の方が映画よりも大切だと心から思っている。」(パンフレットより)と。
どこかで見た”映画のバラバラ死体を見せられるようなラストに嘔吐する”と言う意見は上手いこと言うもんだと思わされる表現でした。
分かり易さであるディフォルメなはずなのにリアリティを求める自覚的映画ファンや評論家さんたち。矛盾点を直感的に分かっているのです。テーマ自体がスクリーンの外のリアルな世界だと。
この映画は多くの人に”深い映画愛を描いてる”と勘違いさせていますが、映画館に閉じこもるヒッキーには聞こえるはずです”映画ではなく、外に出て厳しい現実を愛せ”と言う失礼でお節介なテーマを。
映画ファンなら映画にそんなこと言われたくはないでしょう。映画に近ければ近い人ほど拒絶するのは当たり前。そんなネジクレタ映画が『ニュー・シネマ・パラダイス』だと自分は思うのです。
劇映画で上手く嘘をついてほしい、夢を見るために。万人がそう願っています。
そんな世界の中心で、 嘘だと叫んだ無粋な人々に感謝します。
でも、映画で現実に向かうことを説く自己矛盾のようなこの作品はやっぱり、だからこそ名作だと思っています。
おかげで僕も現実を愛せそうです。ただし、この映画も好きなままで。
生半可に「NHKイタリア語講座」 ― 2006年01月21日 18:27
しかし昨日エントリーの歌詞を機械翻訳で読んだ自分は”歌詞”がイタリア語ですらないことを見過ごしていました。ダメじゃん。
最近の”ぼやーん”とした欲求。また、やってみようかなぁ。
ところで、当時は世間的にも『ニュー・シネマ・パラダイス』は話題になった作品です。自分のようにイタリア語を始めたきっかけがこの作品と言う人がどれくらい居たのかは定かではないですが、教材で取り上げられるほどでした。
91年3月、レベルも最終の季節になったせいか、容赦ないスピードとも思える映画そのままの音声を学習するプログラムが放送されました。
取り上げられたのは学校で九九を習うシーン、青年トトが町でエレナを見つけてモジモジと話しかける口ごもった部分などです。(※画像はカセットテープの収録号)
既にレベルについていけなくなっていた自分はアップアップでしたが、食い入るように聞いた回です。ちなみにこの後の別シーズンではTVのNHKイタリア語講座でも『ニュー・シネマ・パラダイス』は取り上げられたことがあります。
”シチリアなまり”が入っていると思うこの映画は教材として適切なのでしょうか。この映画で学ぶとダニエル・カールさんみたいにならないかと……。
『愛のテーマ』に歌詞!? ― 2006年01月20日 19:48
宝塚の公演でもメインテーマが使用され「あかしやの花が咲く~」なんてオリジナル歌詞付き珍アレンジもあります。(歌詞うろ覚え)
さて、そんな中で見過ごすことが出来ないのが作曲家エンニオ・モリコーネのセルフカバー・バージョンで歌詞のついた作品です。ポルトガルの歌姫、ドゥルス・ポンテスをボーカルに迎えたアルバム「フォーカス/Focus」に収録された”CINEMA PARADISO”がそれ。
詩の内容にトルナトーレ監督の意向が反映されているかは怪しいですが近い文化圏の芸術家がどうイメージしたかは興味深い作品です。(少なくとも極東よりは近いという意味で。)
自分の買ったディスクは輸入版で正確な訳詩は分からないのですが、今は便利な時代です。ネットの自動翻訳やネット辞書を照らし、なんとなくは分かりました。
CINEMA PARADISO
[Tema de amor de Cinema Paradiso]
E.Morricone / J.Mendonqa / J.Medeiros
Era uma vez | Um resgo de magia | Danqa de sombra luz | De sonho e fantasia
Num ritual que me seduz | Cinema que me dás tanta alegria
deixa a música | Crescer nesta cadéncia | Na tela do meu coraqão | Veltar a ser crianqa
E assim esquecer a solidão | Os olhos a brilhar | Numa sola escura
Voa a 24 imagens por segundo | Meu comovido coraqão | Aprendeu a voar | neste Cinema Paradiso
Que eu trango no olhar | E também no sorriso
※英語
Once upon a time | There was stroke of magic: | Shadows and light, in their prime,
Joined dream and fantasy | in a ritual dance of seduction | And ecstasy | Known as pictures in motion
Let the music start! | On the silver screen | Of my heart | I swear that I've seen | The child I've always been.
This loneliness of mine | Will go away ,soon | When the lights go off | And my eyes shine
At a theatre called paradise | before my eyes | My heart flies | At 24 image per second.
The file will end | in a while | Will cry? Will I smile?
(※以下自分の勝手なイメージ訳詩、素人なので誤訳、直訳的不自然さは許されて!)
昔々、魔法の力がありました。光と影の中で夢と空想をつなぐ最盛期。
動く絵は魅惑の儀式のダンスのエクスタシーとして知られていた。
さあ心の銀幕に音楽よ響け! いつでも私は子供のままに見たことを誓う。
私の孤独はすぐに去るだろう、明かりが消え、私の眼は輝くだろう。
楽園と呼ばれる劇場で毎秒24枚のイメージに私の心ははばたく。
その記録が途切れる時、すぐに私は泣くのだろうか?、微笑むのだろうか?
……うーん、違うなぁ。もっと深く良いものを聞いてる感じがするのだけど。さすが機械翻訳&素人訳、本職の人の訳が欲しい。
気になる方は是非、現物をどうぞ。邦盤がありますので、きっとそちらで真っ当な訳が記載されていると思います。
でも、「光と影」とか「24コマ/秒」「つなぐ」など、改めてこの映画を再認識させる厳選された語彙に思えます。
何か鑑賞のヒントになれば。
※ボーカルつき「ニュー・シネマ・パラダイス」は他のモリコーネ作品の×枚組アルバムにも収録があります。
■CD「フォーカス」
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