テーマにフォーカス ~ラストシーンの寒気と感動 ― 2006年01月15日 00:01

要約すれば”2時間版のラストはアルフレードとトトのふたりがはぐくんだ夢のかけらのコレクション、完全版は永遠に失われたものに対するレクイエムのようだ”と語っている。
ごめんなさい、自分は同意できません。わざわざ完全版でトトの”兵士と姫の物語”のテーマ探求の答えや「あれがフィナーレとは思わない」とつぶやくトトを目にしていてレクイエムだと言えちゃうなんて「オマルの外にションベンしてるみたいだ。」(おっと、これは『みんな元気』の台詞だ。)
正直言って、途中経過の差こそあれ、テーマ的に”完全版”と差がないのが自分の繰り返し見た”初公開=二時間版”の感想です。
二時間版は一般的に嫌がられる性描写やタブーのボリュームを絞ってはいるもののゼロにはなっていません。人間のエグさやカルマやドロドロを含めて人間を描く姿勢は一貫しています。むしろ、だからこそ二時間版が素晴らしいと言う意見ならば賛同できますがついぞ、そんな意見は読んだ記憶がありません。
”トトがストーカーと化してる”と言う意見も表層しか見ていない意見に思えます。 トトは若い頃からしっかりストーカー体質に描かれています。告白相手がきっぱりとなんとも思っていないと言うのに、好きになるまで家の下で待ち続けるなんて言い出すのは、かなりストーカー気質です。そもそも恋愛なんてそういう感情との紙一重の世界。本気だからボーダーを越えるほどの行動なのではないかと思うのです。(そんな意見の自分がヤバい人なのでしょうか。)歳を取っても行動原理は変わらない、トトはトトのまま。トルナトーレ作品の殆どがそういう世界を好んで描いています。
生々しいから完全版は嫌だという意見もよく聞きます。そういう人はくさいものにフタした”映画のような人生”を期待しているのかもしれません。「人生は映画とは違う、もっとつらく厳しいものだ」の台詞が絵空事になっていないか心配です。
『ロードショー』の記事では特にエレナとの恋をアルフレードが引き裂いていたことに対してラストの印象が変わったとの論旨です。
しかし2時間版を繰り返し見ると3時間版で明かされたドラマの殆どは予測が付くようになっています。だからこそ、自分はリピーターと化しました。噛めば噛むほど物語があるから繰り返したのです。
自転車のシーン「でも、子供なんていないじゃない」というくだりや指輪を2つしていることでアルフレードは前妻と子供を失って再婚していることが分かります。
エレナとトトの再会もエンドクレジットの2ショットだけで伝えています。
そしてエレナとの恋愛を引き裂いているのもアルフレードであることが希薄ではありますが伝わるように構成されています。
トトが戦争から帰ってきてからのアルフレードは以前と異質になります。フィリップ・ノワレの演技の確かさと監督の演出力なのでしょうが、家にこもり、何かを思い悩んでいた節があるアルフレード。部屋の蒸し暑さは気候のせいではなく“永遠の業火”の中にいるからなのでしょうか。
駅での別れのシーンで一人だけ背を向けるショットは何をやらかしたのだと、常に思わされる映像でした。
そしてラストのキスシーンのラッシュ。素手でちぎられて指紋がベッタリついた画面は繰り返すと確実に目に付く”神の指紋”です。人の出会いや愛を切って、切って……。その残酷さを見せ付けることでアルフレードがやらかした”功罪”は見えてきます。
指紋に気がついたときの寒気と感動の入り混じった気持ちは忘れることのない瞬間です。映画館のスクリーンいっぱいの指紋! 背後には映写室があるからこそ、良いのです。
ラストシーンは美談として子供の頃の約束を守ってフィルムを託したとだけ受け取るのもアリでしょう。でも自分にはそれだけで終わる物語ではありません。神々しいまでの残酷さが二重露光のように焼きついているから素晴らしいのです。
”泣ける”だけの映画なら、他にもたくさんの名作があります。
だからこそ簡単に泣いたことで満足する人の話には疑念を抱いてしまうのです。探究心のない愛なんて、ルックスだけで恋愛してるようなものです。
人に対してと同じように、映画にも思うのです。好きなればこそ探求してフォーカスをずらして深く見て欲しいと。
「当てて見せようか、ピントがズレているぞ。」
コメント
_ オーク ― 2006年01月15日 15:45
_ しらいしろう ― 2006年01月15日 23:10
お褒めに預かり恐縮です。
15年間の垢落としのようなログです。
語れば語るほどパーソナルになり気恥ずかしい文章になっています。
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映画愛に満ちた素敵な文章に感服しました。何かを語るときはいつもかくありたいと思いますネ。